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桜の花がほころんで 月明かりを浴びて妖しく輝く。

私は毎年この時期になると何故か落ち着かなくなる。

1年に1度の「嘘」が来るからだ。

自室で一人 簡素なデスクの上で任務の報告書をまとめると グラスに注いである水を一口飲んだ。
時計を見れば深夜12時20分。

日付が変わって4月1日。
カレンダーはすっかり春を告げている。が、温かいのは日中で 夜はまだ冬の冷気をふんだんに感じる。
部屋着が覆わぬ素肌は すっかり冷えて、ベッドにもぐりこんでもしばらくは温まらないだろうと推測できた。

明かりを消して小さな電気式のランプを灯す。
控えめなオレンジ色に照らされて 少しだけ部屋の気温が上がったような錯覚を覚えた。

コンコン、と窓ガラスを叩く音が聞こえた。
最初は風の音かと思い 動かないままじっと意識を窓に向ける。

コンコン

今度ははっきりと。

ドクンと胸が高鳴った。それが合図の様にドクドクと鼓動が激しさを増す。
落ち着こうと深く息を吸い込んでから 細く吐き出すとカタカタと吐息が震えた。

素足でベランダに通じる窓ガラスへ向い 意を決してカーテンをシャッと音をたてて開くと
翠の月明かりの中 サスケくんが立っていた。

――あぁ。やっぱり。

今年も「嘘」をつきに来たんだね。

サスケくんは薄く「柔らかい」と形容できるような微笑を見せると 鍵を指差して開けろと伝えてくる。

そんな彼を見て私は どうして?と疑問でいっぱいになる。
いつも サスケくんが去った後に残される うつろな日常と切なさが苦しすぎて 「普段」を取り戻すのがとても大変なことをこの人は分かっているのだろうか?と責めたくなる。

負けたくない、と思って少し怖い顔をして彼を睨んだ。
すると 少し意外そうな顔をした後 やっぱり意地悪そうに口角を持ち上げる。

ささやかな とてもささやかな攻防だ。

私が何を思っていようと 彼には関係ない。
そもそも 私の気持ちを本当に考えたことがあるのならば こんな残酷なことはしないだろう。


ふー、と溜息を零すと 私は鍵を開けた。
ベランダの窓を開けて サスケくんをじっと見つめると 彼は開口一番 言い切った。

「時間がない」

・・・だから?

心ではそう思っているのに、なのに言葉にすることができなくて。
夜風で冷やされた腕の中に まるで人形のように閉じ込められると 顎に手をあてがわれ上を向かされる。

性急すぎるよ、と咎める気持ちも 頬に触れるサスケくんの黒髪の感触でかき消される。

サスケくんから 春の夜の匂いがした。

 


「1年ぶり」に交わすキスは 「1年前」を思い出させる。
思い出させる、というよりも むりやり記憶をこじ開けられる感じで、

あぁそうだ、これがサスケくんの感触だ、と 感慨深くなれるほど与えられもせず 慣れもせず。
でも覚えてる 肌の記憶は艶かしく、あっという間にサスケくんの腕に唇に集中してしまう。


欲しているのだ。


心がどんなにサスケくんの身勝手を責めようとも 身体は抱かれたいと欲しているのだ。

――もういい、

そんな気持ちになっていく。

今日ぐらいもう、どうにでもなればいい。

恋に理性とか理屈は全く歯が立たない。
それを私は嫌と言うほど思い知った。

この繰り返されるエイプリルフールで。

ちゅうっと唇を吸い上げる音が聞こえて その刺激でひくんと反る背筋をサスケくんに預ける。
たかが唇だけの接触なのに 私の体は魔法がかかったようにゆるゆると力が抜けて 与えられる刺激に酔わされていく。

ずるずる、と引きずりこまれるような。

「・・・今年は大人しいな」
耳元で荒くなった吐息のまま囁かれ くすぐったさと官能で全身が震えた。

「会いたかった・・・」
そう告げれば 目も見ずにキスしたサスケくんがそっと身体を離し 私の瞳をじっとみつめた。

「嘘、だよ」
「・・・分かってる」

また重なる唇と遠慮なく唇を割りいる熱い舌先。
大胆になっていくその深さ。

下唇を甘噛みされて上唇を舌でなぞられているうちに どんどん膝に力が入らなくなってくる。
ほぼサスケくんに支えられる形となった私の体をベッドへと導いた。

ドサッと体が倒れて 反動でギシギシと音を立てる。耳障りな音だ。

私の腰の横に片膝をついたまま身体を起こすとサスケくんはジッと音をたててチャックをおろし 服を荒々しく脱ぎ捨てた。
煩わしそうなその所作を見て あぁ、本当に時間がないんだな、と悟った。

私は黙って体を起こすと 自分の着ている部屋着を脱ぎ始めた。

ボタンを外して体から引き剥がすように脱ぐと 冷たい空気が肌を撫でた。

サスケくんは無言のまま 服を脱ぐ私を見ていた。きっと煩わしいその時間を苛立たしく待っているんだろうと思った。

インナーに着ていたキャミソールに手をかけようとすると それを遮られ また深く唇を重ねられた。
息苦しいほど舌を深く挿入されて 私は呻いた。
目を開けていられないほどの 深いキス、耳からサスケくんが衣服を剥がす衣擦れの音が絶え間なく聞こえる。
キャミソールの下から 冷気と共にまさぐるように手を差し入れられ ささやかな膨らみを揉みしだいてくる。

官能を目覚めさすような 男の手つきを見せるサスケくんの手には迷いがなくて 優しさとか慈愛とかいたわりが感じられて泣きたくなった。
もっと乱暴にしてくれてもいいのにな、
そしたら サスケくんを悪く思えるのにな・・・。

大きな掌に包まれた乳房は嬉々としている。その証拠に桃色の突起を硬くさせて
触れてほしいと主張している。

その期待に添うように下着をずらされ 口づけられ舌で舐め回されすっぽりと口腔内におさまって サスケくんに食べられてしまう。

冷たい春の夜はとたんに甘やかで秘めた世界に変わった。

絶えず零れる甘い吐息と刺激に絶えられず零れる声。
サスケくんの普段より荒い呼吸。

今日1日だけ 嘘が許される日、
今日あったことはすべて嘘になる日。

そう心に刻みこませる。

執拗なほど 胸を愛撫され逢瀬の証拠をつけられて 「夢じゃない証拠」があることを何処か喜ばしく思ってしまう自分が不思議だった。

太腿の内側を滑るように撫でられ そのまま躊躇することなく 私の一番敏感な場所に彼の指が触れる。
温かく湿った下着の中心を 確かめるように焦らすように弧を描きながら愛撫してくる。

恥ずかしさと居た堪れない気持ちで胸がいっぱいになって 思わず腰を引いた。

「・・・サクラ」

下着の隙間からスルリと指が入り込み下肢にサスケくんの指が触れると くちゅりと潤った音を立てた。

「あ・・・やっ」
指の刺激に全身が仰け反る。サスケくんはそのまま指を上下に突き動かすと 探るように花芯を確かめ蜜を塗りこんだ。

「あっんんん・・・!」
思わず零れ落ちる自分の声に驚いて 私は手の甲で唇を塞いだ。

サスケくんは慣れた手つきで 私の下半身から下着を剥ぎ取った。

きっとサスケくんは私を見ている。
そう思ってそっと瞳を開けると 美しい喉仏がごくん、と動くのが見えた。

見ないで。サスケくんの記憶に今日という日を閉じ込めないで。
私は必死でサスケくんの熱に手を伸ばした。

肌とは違う 不思議な感触のそれは 熱を帯びて硬く反り返っていた。
触れたとたん ビクンと反応する。

こんなことをして 何の意味があるのかと
たった1年に1度の意味のない逢瀬。

サスケくんは何を思っているんだろう。いつもいつも見えない彼の心。

やめたい。本当はこんなこと。でも やめたくない。心はそう訴える。

サスケくんの姿をなぞれる唯一の日。
それがたとえ何の意味もなく 繋がらない行為だとしても 私は、

ちぅっと音をたてて吸われる肌に 赤い刻印が残る。
冷えた肌もサスケくんの手の熱で心地よく熱が移る。

胸も体型も人並み以下で 骨ばってゴツゴツして女らしくない体。
自分で見ても なんの面白みもない、と思う。

しかし「こんな安っぽい」肢体に触れるため 彼は来るのだ。危険を冒してまで。
何故?

ただ触れていたサスケくんのそれに指を滑らせる。それは 少しでも来てよかったと思わせたい一心から生れた行為だった。

「・・・焦るな」
サスケくんが切なそうに囁いた。

だって「時間がないんでしょ?」
そう呟き返したら オレンジの光に照らされたサスケくんの眼差しがユラリと私と重なった。

目の前にいる人は誰?私に触れている人は誰?

私の言葉が発端となり サスケくんの熱があてがわれる。
試すように上下させて 馴染ませるような、
その一つ一つの行動に体は驚くほど過敏に反応してしまい いちいち喉から吐息が散る。

・・・傷つく。
3年できっといくつもこういう夜を経験したんだろう、と。
女を「女」として見るようになってしまったサスケくんに傷つく。

これでいいんだ。
だから受け入れられるんだ・・・。
嘘ばかりで誤魔化せるから 体がどんな反応を見せようと それすら嘘に成り果てるんだ。

硬くて熱いものが 私の腰の中心でしつこいくらい上下に動く。焦らすように まるで何かを待っているように。
ただあてがわれて 反応して濡れている場所を何度も何度もこすりあげる。

いっそ貫けばいいのに。自暴自棄になる私は 悲しくて涙がこみあげてきた。

声を噛み殺す。

「ふ・・・ぅ」
悔しい。泣くつもりなんてなかった。

目元をシーツに押し付けようと横を向いた途端 サスケくんの大きな掌が私の両頬にふれて それを許さない。
涙を掬い取るように舐め上げて それから私の唇から差し入れるように舌を侵入させた。

キスは涙の味がした。

「・・・・ん」
優しいキスに 涙が次々と溢れ出て苦しい。
頭の奥が溢れ出た感情を止めることができなくて じんじん音がする。

たとえ遠く離れていたって
・・・たとえ闇の道へ進んでいたって

私はサスケくんのことが 好きで、好きで 仕方なくて。

「今」が嘘でも私には大切な「真実」で「現実」なんだ。

・・・ダメだ。やっぱり

「好き・・・・」

聞こえるか聞こえないかギリギリの声色でそう伝える。
どう受け入れられてもいい、ただサスケくんが 好き。

「なに?聞こえない」
「・・・」
「伝って」


「サスケくんが好き」

その言葉を聞いて サスケくんはフッと意地悪く笑った。

 

「んぁあああっ」
もどかしかった中心にサスケくんが入り込む。ゆっくりいたわるようなその驚くような慎重さにたまらなくて私は身をよじった。

すでにシーツまで到達するほど零れ落ちている自分の欲望。 恥ずかしいほど私自身はサスケくんを求めていて 彼を拒絶するものは何もないのに。

質量と熱と重い圧迫と体の内側に入りこむ恐怖が 愛おしさと戦う。
不安で 思わずサスケくんの背に腕を回して縋りついてしまった。零れる涙はとめどなく頬をぬらしていく。

サスケくんの腕が私の腰の隙間から滑り込んで しなやかに抱きしめる。
その動きがきっかけとなり サスケくんが奥まで貫いていく。

「やぁぁ・・・っ」

膝がガクガク震えた。

「・・・痛むか?」
その言葉で私は閉じていた瞳を開く。

暗くてサスケくんの表情があまり見えないけれど その声色の温かさに安心してしまう。
小さく首を振って意思を伝えると 私は再び瞳を閉じた。
涙はもう溢れてこない。

サスケくんは はぁ・・・と熱のこもった溜息を吐いた。そして私の腰を抱きかかえて動き出す。
結合部から ぬちぬちと卑猥な音が部屋中に響くけれど 普段なら恥ずかしくて耳を塞ぎたくなるようなそれを 今日はどこか崇高な音のように感じていた。

言葉にはしつくしがたい心を今 私たちは曝け出している。

疑問も立場も敵も味方も過去も未来も関係ない不思議な時間。

互いに体の欲求に流されているだけのような滑稽で安っぽくもある行為のよう しかし 熱を与え合い 交わる身体の奥に確かにある尊い想い。

これを感じているのは私だけじゃないはずだ、と。

繋がっている時なら分かるのに、何故?

律動に揺れる体に 間もなく訪れる終焉の気配を感じる。揺さぶられながら そっとサスケくんを垣間見れば
なんともいえない官能的な表情をしていた。

もう・・・ダメなんだ。
私は逃れることなんて出来ない。

残酷な逢瀬だと 言われてもそれでいいと、許してしまう。

サスケくんが好きだ。

ああ もう。
ダメ・・・・。

膨れ上がる快感に身を委ねると 息苦しいほど満たされた欲が渦を巻いて全身を駆け巡っていく。

 

堕ちていく。

 


「サスケくん・・・・っああああんっ!」

 

真っ白な世界の先。私たちはそこにいけるかな・・・?
遠のく意識の中で必死に離すまいと 腕に力をこめたのにするりと頬を撫でられて 額に唇の感触を感じた。

そして白かった世界は再び真っ暗になる。

 


ふと気がつくと明け方近かった。 そこにはサスケくんの姿はなく ただ私一人が残されていた。
唇も身体もサスケくんの余韻で満たされていてだるい。 なのに彼はいない。

寂しさがなかったといえば嘘になる。
いつも何度もこの空虚は私を襲う。

またか、と。


夢か幻かいつも分からなくなる。そもそもサスケくんは本当にこの部屋に来たのかさえも疑わしくなる。


私は現実に戻ろうと身体を起こした。熱いシャワーを浴びたかった。

ふと 何かが舞い落ちる。
そこには桜の花が一枝あった。

淡い花びらと花弁が瑞々しく青白む部屋の中でもそれは生き生きとして見えた。


夢じゃない、と告げられているようで 私はその枝を指で摘む。
私に会いに来た理由が分かった気がした。

「・・・サスケくん」

愛おしいその名前を呟いたら 再び涙が溢れてきた。


今ある気持ちに嘘なんてない。

誤魔化してなくちゃ向き合えない それじゃダメなんだ。

つまらない言い訳だと 今ならわかるのに・・・。諦めていた自分にそれじゃダメだといえるのに。

嘘の裏側に明日があると、

 

 


エイプリルフール

 

 

 

信じて。

 

 

END

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