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相手にどう想われているのか分からないときほど恋愛は面白い、と歌うように言いきった いの。

恋を楽しむ親友の 自信溢れる言葉に私は俯いた。
そうかな・・・私は恐くて仕方ない。

恋なんてするもんじゃない。

それぐらい苦しくて。

 

ファーストキス

 

「最近のあんたはいい顔してるよ」
「どこが?」

5月の午後14時。少し北風が混じる今日は 冷たくてキリっと引き締まっている。

寝不足で顔色は悪いし 目の下に隈を作り 体は気だるくて仕方ないのに 冗談も大概にしてほしいと思わず睨む。

「恋に患うと色気が出てくるのよ」
「・・・ふうん」

今日見た映画の感想をひとしきり話し込んで 自分達の恋愛論へ転じた。

「・・・それにしても素敵なキスシーンだったね」
溜息まじりに呟けば いのはクリクリとした大きな瞳を益々 大きくさせた。

「・・・サクラ あんたまさか」
「何よ」
「・・・サスケくんとまだしたことないの?」

痛いところをついてくるなぁ・・・私は経験者ですって胸を張って告白してるのと同じよ いの。

「・・・ないわよ。あるわけないじゃない」
「・・・」
「もったいない」
「もったいないって何がよ」

思わず頬杖をついて むくれて拗ねてぷいっと目を逸らせば いのはいきなり私の両頬に手を添えて ちゅっと音をたてて口づけた。

一瞬の出来事で 私は瞠目し固まる。

「なー!なななななにして!いの!?」
「あらー可愛い反応ねひょっとして初めてぇ?」
「わ・・・悪かったわね!」
「・・・ね、どうだった?」
「ど・・・どうだったって 何が?」
「キスよキス」
「別に・・・!ただ口と口がぶつかっただけじゃない!!!」

「だから そうなのよ」

「は?」
いのの言いたい事がよく分からなくて 私は黙り込む。

「実際してみれば 大したことないのよ」
「・・・うん?」
「でも これが好きな相手だと特別になるわけよ」
「はぁ・・・あ。・・・うん」
妙に納得してしまう。

でも・・・それは・・・。

「それは シカマルもいのの事が好きだから 成立する話、でしょ」
「は?」
「・・・私が勝手に・・・好きなだけだもん」

あ~ぁ・・・と呟いて空を見る。

いいなぁ・・・いのは。好きな人に好きになってもらえて。

「バッカねぇ!」
いのの言葉に驚く。
「相変わらずウジウジしてるんじゃないわよ!」
「・・・ウジウジ?」
いのは「全くもう・・・」と言いたげに 足と腕を組みなおした。

「サスケくんと目が合った時 あんた自分から逸らしてるでしょ?」
「・・・う・・・うん」
「それじゃ駄目なのよ」
「・・・え・・・だって恥ずかしいじゃない?」

「馬鹿!」
「そんな 何度もバカバカ言わなくたっていいでしょ!」
「黙って聞きなさいよ!」

いのの剣幕は怖いくらいだ。

「・・・あんたたち見てると イライラするのよね」
・・・いのは一体 私とサスケくんの何を知っているのだろう・・・。何故ここまで いのにコテンパンに言われているのだろう?

「いいサクラ サスケくんと目が合ったら逸らしちゃ駄目」
「・・・はい」
「それだけ守って 後は普通にしてなさい 3日で達成できるわよ。覚悟決めなさい、そういうのが足りないのよ。あんたも サスケくんもね!」

経験豊富な親友は 綺麗な唇をニッコリと三日月の形に持ち上げた。

この後 シカマルと会うから、とサッパリと言い放ち いのは席をたつ。
ヒラヒラと手を振りながら 明るい午後の日差しを受けて颯爽と歩く親友をみて とても美しく輝かしく恨めしく思った。

残りすくなくなった コーヒーを飲み込んで ボンヤリと考える。

いのと話していると サスケくんとキスすることなんていとも簡単に聞こえるから不思議だ。眠れないほどサスケくんを想って迎えた朝だったのに。


覚悟・・・恋に覚悟なんて必要なのかな。

好きって気持ち。感情は不思議。

綺麗ごとばかりじゃなくて 理解不能で。
ドロドロした気持ちも ヒリヒリした気持ちも嫌と言うほど味わって。

あやふやで不可解で未解決で。

私とサスケくんは明らかに異種で 異性で 絡み合えない とうてい分かり合えない部分があって。
それを「好き」という気持ちだけで乗り越えていけといわれても 無理というか無茶というか・・・。なんだか説得力に欠ける。

考えすぎるのもいけないのかなぁ・・・。

堂々巡りの日々に少し疲れていたのも事実で これからどう考えても進展のない私とサスケくんの関係。

諦めが悪いのは自分の長所でもあり短所でもあると自覚はあるけれどずーっと変わりなくこのままだったら? 私はどうなっちゃうんだろう。

浅はかで馬鹿馬鹿しい。
しかし 恋は素晴らしい。

どんな書物を読んだって 映画を見たって答えなんて出ない。


いのの言う通り 美しい夜のような瞳を逸らすことなく見つめれば 答えが分かるのだろうか?

たとえ受け入れられないと分かっていても 諦められる日が来るのだろうか。

諦めることばっかり考える事に 気がついて 保守という狡(ずる)さに囲まれた自分に辟易する。堂々巡りなら 動く事が必要、と学んだはずなのに。

恋に勉学は通用しない。方程式も実験も戦略も。だから面白いんじゃない?と 心の中の親友は笑った。

 

いのは「3日」と言ったけど 一週間たっても二週間たっても 「ソレ」は達成されなかった。
理由は簡単だ。サスケくんと会わなかったから。正確には会えなかった、だけど。

書類を溜め込む師匠 綱手の手伝いを任され シズネと缶詰状態になったかと思えば 休む間もなく 医療班から薬草の調合を頼まれ 自宅とアカデミーを行き来する日々。

忙しさは私を振り回し考える暇を与えず あれから深く思いにふける事はなかったが流石に10日過ぎるころになると サスケくんに会いたい気持ちが強く疼くように募った。

姿だけでも見れたらいい。
その声が聞ければもう何もいらない。

ただそれだけ。

でも会えない。

会おうと努力をしなければ 同じ里に住んでいても 会うことがない。それは自分自身の独りよがりを象徴しているようで 虚しさが青白く心を覆った。
いのは 私とサスケくんが両想いかのように話していたけど それは夢物語だ。

現実はこんなにも遠い。

そうしみじみと思った自分の心は ストンと素直に綺麗に納得する位置におさまった。
あぁ・・・。私は心の中で呟く。

こうして 恋は諦められるのだ、と。
そこに悲しさとか切なさとかは全くなくて パズルのピースがはまったかのように ただただ納得する気持ちだけ。
「理解した」と言ったほうが分かりやすい。

5月の夕暮れ。空は高く雲は朱に染まり長くたなびく。

遠くなる。サスケくんとの距離を実感した。

 

「サクラちゃ~ん!」
名前を呼ばれて 振り向けばそこには ナルトとカカシ先生 そして会いたいと思っていたサスケくんの姿があった。
「・・・あ」

少し疲労を隠せない三人の姿に 私は驚く。
「3人で何処行ってたの?」

「何処って任務だよ?綱手様から聞いてない?」
カカシ先生が疲れた笑顔を見せた。

「ううん。師匠と書類の整理に追われてたから・・・全然知らなかった お帰りなさい」
「・・・だよね。サクラ連れて行きたいって要請出したんだけど あっさり断られたんだよ。よっぽど綱手様は書類溜め込んじゃったんだね」
「じゃあ スリーマンセルで医療忍者なしで行ったんですか?」
「そういう事」
「怪我は?」
「あぁ・・・大したことないんだけど ちょっとサスケがね・・・ふぅ~ここでサクラに会えてよかった」

カカシ先生の言葉が終わるのを待たずに 私はサスケくんに駆け寄った。
「サスケくん見せて・・・!」

サスケくんが黙ったまま上腕の袖をめくると 私は思わず息を飲んだ。
青黒いあざが 腕全体に広がっている。

「これ・・・毒・・・」

「あ~やっぱりサクラちゃんいないとキツイってばよ~」
「仕方ないでしょ。サクラはサクラで大変だったんだから」

「どうして!?」
私は怒鳴ってしまった。
その剣幕にナルトとカカシ先生は驚いて 目を丸くする。
「どうして 私以外の医療忍者を連れて行かなかったんですか?いのだって居たでしょ?」
「・・・あのーそのー・・・」ナルトがうろたえている。
「・・・そうだよね。三人でなんとかなるかな、なんて浅はかだったよね。すまないサクラ。ただ その日はいのも無理だったんだ」

「・・・痛むでしょ?それに熱もある・・・」
サスケくんの変化を見逃さないように見つめれば サスケくんは「少し」と呟いた。そして

「・・・急ぎの任務だったんだ。だから都合のいい医療忍者を見つける暇もなかった」と 付け足した。
私は黙って唇を噛む。
「・・・とにかく治療しないと。毒の摘出にはお湯が必要なの。サスケくんの家に行ってお湯を沸かして待っていてください。薬草を取ってきます」

「お・・・おぅ 分かったてばよ」
「・・・サクラ・・・なんかごめんね」カカシの謝罪に サクラは胸を痛める。
「・・・私の方こそごめんなさい。一緒に行けなくて 私・・・第7班なのに・・・」

「・・・」

アカデミーまで戻る道を 先ほどと全く違う気持ちで辿った。
怪我を負ったと聞いた時の あの心が張り裂けそうな気持ち。サスケくんの顔色。大した事はなかったかもしれないが 一瞬でも「再び」失いそうになったサスケくんの その。存在。

もう二度と 失いたくないとあの時そう強く思ったのに。
私は独りよがりな感情に流され負けそうになり なんて弱いことを考えていたのだろう。

木の葉の里にサスケくんが戻ってきてくれた事自体が奇跡なのに 私は・・・きっと贅沢になってしまったんだ。

 


サスケくんを再び失う。


それは絶対に・・・

 

嫌だ。

 

自分の命に変えても守りたいと思っていた2年前を。あの覚悟を なぜ忘れそうになっていたのだろう。

恋は人を惑わせる。


薬草を取り 急いでうちは家に向かう。
「お邪魔します!」
と一声かけて上がり込めば やかんのお湯がシュンシュンと湧く音だけが静かに響いていた。

・・・誰もいないのかしら。
とりあえず 治療の準備をしようと 滅菌された脱脂綿やお湯を入れるステンレス製の洗面器を準備して 沸いたお湯を注ぐ。
サスケくんの腕をみた限りだと 解毒の処理を放置したまま傷口がふさがってしまったような具合だった。
血管に添って青黒いあざが広がっているのが特徴で あの状態になるまで 1週間から10日間くらい 放置していたように見えた。
毒の耐性が強くあるサスケくんだからこの程度で済んだが 普通の人間だったら1日ともたなかっただろう。

「・・・どんな任務よ・・・」
思わず 額に手をあて 溜息混じりに一人ごちた。使えそうな薬草を取り分けていく。

カチャと 控えめな音がして 顔をあげれば サスケくんが濡れた髪を拭きながらリビングに入ってきた。

「あぁ なんだ来てたのか?」
来てたのか・・・って。

「サスケくん 何やってたの?」
「何・・・って 風呂に」
「・・・だって 怪我してるんだよ・・・まず治療が先でしょ?」
「・・・別に 大した事ねぇよ」
「大した事かそうじゃないかは私が決める事です。さっさと終わらせるから ここ座って」
・・・こんな事が言いたいんじゃないのにな・・・私は悲しくなる。

俯く私の目の前に座り サスケくんは黙ったまま腕を差し出した。

どうして…サスケくんは自分の事を大切にしてくれないのだろう。
腕に色んな忍具口寄せの「印」を仕込み 見ただけで少し痛々しさを感じる。
毒の位置を確かめるように腕を擦ると ピクリと震える。

強がっているけど 痛みは相当のはずだ。

治癒している皮膚組織はそのままに 毒だけを浮かして取る方法を試みようと手の平にチャクラを集中させた。ボンヤリと淡い緑色に光る。

「・・・・く・・うっ」
サスケくんの表情が歪んだ。

「・・・ごめん・・・痛むよね」
「気に・・・するな・・・」

治癒のチャクラに照らされて 毒が染み出すようにサスケくんの腕から摘出される。鮮やかな青いそれは猛毒を意味していた。
・・・こんなものがサスケくんの体内に入っていただなんて。

洗面器の中に取り出した毒を慎重に落として行く。
湯に触れたそれは「ジュウ・・・」と音を立てた。

それを数回くり返し ようやくサスケくんの腕の中の毒を完全に取り除く事ができた。青黒く痛々しかった痣が薄くなっているのを確認すると、ホッとして ふぅ・・・と深い溜息を一つ吐いた。
毒抜きの術は 患部によって毎回方法が変わる。
それだけに チャクラの加減やバランスに膨大な集中力と神経を使うため 安堵した瞬間 目の前がチカチカした。

サスケくんは治療が終わったのを確認すると するりと腕を引っ込めた。
「・・・助かった・・・ありがとうサクラ」

そう呟いてサスケくんは席を立ち私に背を向けた。


「・・・サスケくん」
その背を呼び止める。
「薬を10日分用意しておくから 必ず飲みきってね」
「・・・あぁ」

「あと・・・」
「まだ何かあるのか?」

サスケくんは煩わしそうに振り返った。

「今回の任務の相手って 里抜けした医療忍者が相手だったんでしょう?」
「・・・」
「だから 私やいのを連れて行かなかったのね・・・」

あのような強い劇薬を 戦場で用いるなんてそれしか考えられなかった。そして同じ医療忍者ならば 執拗に狙われるのも「医療忍者」だと簡単に推理できた。

「・・・でも今度は・・・「連れていかない」
「・・・え?」
「次 同じ任務があっても サクラは連れて行かない」
「・・・どうして?私は平気だよ」
「・・・」
サスケくんはじっと視線を私にぶつけてきた。それを負けじと見つめ返す。


「・・・私じゃ力不足なの?」
13歳の頃からずっと秘めてきた不安を零す。
「・・・そういう事だ」
サスケくんはあっさりそう言い放つと 冷たく背を向ける。その背にもう何も言葉をかけることが出来なかった。

 

 

・・・それでも。

 

 


ギシリ、と踏みしめたフローリングが鳴る。

サスケくんのその背を追う 負けない気持ちが打ち勝つ。一歩、また一歩とサスケくんを追う足取りが早くなる。

私は俯くサスケくんの背をただ 抱きしめた。振り払われてもいいと覚悟して腕を回した。
でもその腕をサスケくんは振り払うことはなかった。

サスケくんは見せたくなかったのだ。
仲間の命を救うための知識を 残酷にも殺戮に使う「医療忍者」の姿を。

私を冷たく突き放す時は 必ずその裏側に 言えない理由があることを理解していた。

「・・・ごめんなさい」
「何が」
「・・・」
――サスケくんの心を感じるのが相変わらず下手で・・・。

心の奥で念じてそっと体を離した。
「なんでもない!」

怪訝そうに振り返ったサスケくんの顔を見て 急に恥ずかしくなり えへへと笑って誤魔化す。サスケくんの視線はいまだ私に向けられたままで 落ち着かなくなる。

「・・・私 片付けたら帰るね。サスケくんも任務で疲れてるでしょ? ゆっくり休んで」

――サスケくんと目が合ったら逸らしちゃ駄目。

いのの言葉がふいに脳裏に浮かんだが そんな「駆け引き」めいたことをしてまで サスケくんの情けが欲しいなんて ちっとも思わなかった。

サスケくんが生きて 存在してくれるだけでいい。ただそれだけでこんなにも嬉しい。力が漲る。頑張れる。守りたい。
その背中を追うことは これからも私の使命なのだ、と強く感じた。

だからいつもどおり 自分から目線を外す。

振り返ろうとした瞬間 サスケくんの腕が私へ伸びてきたことに気づけなかった。
そのまま腕をつかまれ引き寄せられ ぐんっと近くなるその漆黒。サスケくんの掌が滑るように私の頬に添えられてそのくすぐったさに首を竦めた。

ぶつかる!と驚きで瞼を強く閉じる。

一瞬何が起こったのか分からなくて固まる。体の全てが一時停止してしまったかのように 不安定な姿勢で。

唇に自分とは違う温もりと柔らかさを感じ 瞼にこめていた力を緩めたとき ようやく自分自身がどうなっているのか理解した。

・・・私。サスケくんと・・・今・・・キスしてる・・・!

そう心で言葉をなぞったとたん 体中の血液が沸騰するように熱くなり ドクンドクンと耳の奥で鼓動が鳴り響く。

髪を絡ませて後頭部に添えられたサスケくんの片手がはなれ いまだ不自然な位置で指を開いたまま硬直している私の指にそれが絡まる。
お前の手の場所はここだと サスケくんの腰まで誘導され 私は素直にそれに従うしかできなかった。

どこに意識を集中すればいいのか分からなくて 軽いパニックに陥っていた。体中の鼓動が五月蝿い。体は驚くくらいギチギチに固まって動かない。

サスケくんが唇を離し 私の体を抱きしめた。その力強い抱擁に安堵してなぜか泣きたくなって 私はそっとサスケくんの背に腕を回した。

「・・・やっぱり私も行く。絶対に行く・・・」
そう呟けば サスケくんは黙って頷いた。抱きしめるサスケくんの腕の力がひときわ強くなり ガマンしていた涙を零してしまった。私がサスケくんを守るように サスケくんは私を守ってくれるんだ・・・。

肌を通して通じたサスケくんの気持ちに ただただ心を重ね委ねた。

 

END

 

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