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オレは一度 非情の道を選んだ。

闇に染めようと 暴れ狂い 殺戮に溺れ 世界を乱した大罪人だ。

だから 此処にいるとひどく辛い。

あたりまえのように雲が流れる静かな青空。
午後の気だるさに混ざる子供たちの遊ぶ声。
木漏れ日に揺れる道。
鳥のさえずり。

戦いに明け暮れているころは 気付きもしなかった「平和」な風景。

まるで 悪夢を見ていたかのような気持ちになる。すべて己の手で生み出したくせに・・・。
空を掴もうと伸ばした腕を そのまま落とす。

・・・孤独に負けた。弱い子供だった。
全てなくなってしまえばいい、と力任せに 世界に八つ当たりをしていた。


・・・・そんなオレでも・・・まだやり直せるというのか・・・。
この世界を守ろうとした 兄の背中が脳裏を過ぎる。

・・・兄さん オレにもまだ守れるものがあるだろうか・・・。


水の波紋

 

玄関を開けると 居間と台所がいやに騒がしい。
「あ!サスケ帰ってきたってばよ!」
ダダダ!と足音が響いて ナルトが「よ!邪魔してるぜ」と手を上げる。

サスケは「あぁ」と呟き 靴を脱いで中に入る。

サクラが台所でフライパンをふるって 料理を作っていた。

「サスケくんごめんね勝手に入っちゃって」
「ちょうど昼飯一緒にどうかなーって思ってサクラちゃんも誘っちゃった」
「・・・別に構わない」

太陽が高い昼時。
アカデミーから腹を空かせて帰宅すると 母が昼食を用意してくれていたっけ・・・。
食材を炒める匂いが 部屋の空気と混ざってノスタルジックな雰囲気を醸し出す。

「あぁ~サクラちゃん・・・!なんでヤキソバに野菜なんていれるんだってばよ!」
「あんたねぇもう18歳なんだから野菜くらい食べられるようになりなさいよ!」
「好きくねぇ~!野菜なんて食わなくったって 元気いっぱい大きくなれるじゃんか~」
「うるさい!」

ナルトががっくりと大袈裟に首を垂れる。

ふいに5年前を思い出す。
五月蝿いと思いながらも 人と人が集まった空間に居る事に幸せを感じていたあの頃。
家族と過ごした時間の次に オレは第7班と過ごしていた。

ふっと口角の両端が持ち上がる。

「・・・あ・・・」
「サスケが笑った・・・!」
二人の視線に気がついて サスケは緩んでいた顔を一気に引き締める。

「サスケ サスケ!何がそんなに面白かったんだ!?」
「・・・なんでもない。ただの思い出し笑いだ お前らは関係ない」
「思い出し笑いするヤツって ムッツリスケベが多いんだぞ~」
「うるせぇよ」

そんなやり取りをしていた二人の眼差しがサクラに移る。

サクラが俯いて 震えていた。
その様子に 男二人は固まる。


「・・・っサクラ・・・ちゃん?どうしたんだってばよ・・・!どっか痛いのか!?」
ナルトがオロオロとうろたえ焦って声をかける。

ぶんぶんっと 首を勢い良く振る。
「・・・!? サクラちゃん 泣いてるのか?」
サクラが言わないでとばかりにナルトの口に掌を勢い良くあてがう。

「・・・・玉葱が 目にしみたのよ・・・」
「・・・」

そのままサクラは 凄い勢いで部屋を飛び出して行ってしまった。

サクラが立っていた床の上には 涙の雫が光って落ちていた。

「・・・サクラちゃん・・・一体どうしたんだってばよ・・・玉葱なんかヤキソバにはいってねーし・・・」
ナルトは困惑して 玄関までサクラの痕跡を追いかける。


「サスケ。サクラちゃん 靴置いて行っちゃった」


その言葉を聞いて サスケは盛大に溜息を吐いた。

 


――――あぁもう。一生の不覚だ。

サスケくんの前で涙を見せるなんて。まるで 敵から逃げるかのように 靴も履かずに全力でうちは家を後にした。
自分の気持ちを乗せる様に 木と木の間を飛び続ける。

逃げる・・・逃げる・・・。

 


サスケが木の葉に戻ってから すぐ平穏な日々が戻るはずがなかった。

ペインとの戦いの傷跡を 大きく残した木の葉の里の修復は 他の里の手伝いもあって迅速に進んだ事がせめてもの救いだったが
一度失った平和と秩序に人々の心は深く傷ついていた。

その後すぐに 暁だ。
里に戻ってきたサスケを 誰しもが 恐れ 疑い 嫌悪した眼差しで見た。

まるで 数年前のナルトのようだ。

それはこれまで犯したサスケの罪を考えれば 当然の報いだった。

しかし 火影に復帰した綱手の「うちはの血を絶やしてはいけない」という言葉。
それが 五影会議で辛うじて通り サスケは一命を取り止めた。

サスケの人生の大半の「闇」を思えば 同情するものも多かった。サスケだって時代に翻弄された被害者だった。
だがしかし サスケは殺めすぎた。重罪人に変わりはないし 今も恨みの目でサスケを見る人は少なくない。

里に戻ってからのサスケは まるで生きている人形のようだった。
気力もなく ただ日々ダラダラと過ごす。

もう自分は天命を全うしたかのような。
時間を蝕んでいくかのような。

サスケには一生監視の目がつく。
その一挙一動が報告書の文章になっていく。

自由はなかった・・・・。

たかが齢16で 人生を投げ出したかのように諦めてしまったサスケの様子に サクラはひたすら心を痛めた。

サスケは死ぬつもりで 駆け抜けてきたのだ。
「憎しみ」という忍道を。


それを支えろ、サスケを守れ。というのが ナルトとサクラとカカシに課せられた 火影からの命令だった。
命令がなくとも そうしよう、と考えていたが じきじきに辞令が下ると
「サスケの命の保障は誰もできないのだ」と暗に言われたようで サクラは気が重くなった。

それでも気丈にサスケの傍にいようと強く思えたのは
ナルト カカシの頼もしい存在。

そして サスケをひたむきに想う変わらない気持ちがあったからだ。

最初は演技でもいい、と思った。
いつしか サスケの笑顔がまた見れたらそれでいい、と。

サスケの態度は予想したとおり 頑なだった。
うちは家の扉を開けてもらえない日が何日も続いた。

それでもサクラは サスケの元に通うことをやめなかった。

たまに「ちょっと待ってろ」と返事を貰って 会えることもあったが 逆に黄昏時まで 待ちぼうけに遭うこともたびたびあった。
雨の日も風の日も雪の日も。


試されているのだ、と思った。


愛情に人一倍飢えているサスケだからこそ どれだけ自分を思っているのか 試しているのだ。
ただただ 人を待つ、という時間は退屈で仕方がなかったが サクラはサスケの気配を感じながら過ごすその時間を
いつしか楽しめるようになっていた。

サスケに会えたら こんな話をしよう、此処へ連れて行こう。
いつかきっと・・・という淡い希望。
サスケとの明るい未来を心に馳せる。それは 終わりの見えない暗闇の道を淡く照らす 小さな光明だった。

サスケの気配を感じながら 想像する未来は楽しかった。

でもその反対にどこかで諦めかけていた。もう二度とサスケの笑顔は見れないんじゃないか、と。

其のうち サスケの家から鍵がかからなくなる。
「勝手にしろ」というサインだと思った。
サスケが諦め ある意味認められた瞬間でもあった。

そこから ナルト サクラ カカシの3人だけは 自由にうちは家に出入り出来る様になった。

 

サスケの笑顔を見た瞬間 「自分自身」の任務が終わった事を感じた。
・・・2年かかった。

大丈夫。サスケはこれからも強く生きていける。なぜか強くそう思った。理屈じゃなく 確信だった。
その確信は「思い込み」という自分勝手な想像を超えて 確実に手ごたえのあるものだった。
揺るぎない自信は何処から来るものなのか―――。

嬉しくて溢れ出ていた涙は いつしか裏側の心をも曝け出し 浮かび上がる。

―――サスケを闇に縛り付けて外の世界に目を向けない事が 密かに嬉しかった。
目に映る人間は 私とカカシ先生 そしてナルトしかいない。
サスケの世界に関与するのは その3人だけだった。

サスケに関しては どうしてこうも「春野サクラ」らしくいられないのか。

しかし サスケは心を取り戻す。
「笑顔」は心が癒されている証拠。新しい世界を見つめる準備がサスケに備わってきた。
それが 嬉しくもあり寂しくもあった。サスケはこれから世界を未来を広げていくだろう。

狭い窮屈な「第7班」という牢獄を打ち破って。

ナルトは火影を目指し サスケは新しい忍道を探すだろう。
私はいつまでも 彼らの背中を追ってばかりだ。
もうそろそろ 追う側から卒業する時が近づいていると感じていた。自分自身の役目は終わった。


涙を見せてしまったことは 本当に不覚だった。これでまた サスケが心を閉ざしてしまったらどうしよう。
また「偽善」だと罵られるだろうか―――。

それでもいい・・・・。

私はもう サスケくんの傍にいる必要はないって事だけは わかっているから。

喜びと悲しみ。終わりと入り口。
両極端で 歯がゆい。そして自分を「歪んでいる」と強く感じた。

 


新しい涙が散った。
逃げる・・・逃げる・・・。

きっと私はこれから サスケくんから逃げ続ける。
色んな意味で。


涙で視界がぼやけ 次に着地するはずの枝を見定めるのに失敗した。裸足の足を滑らせカクンと足首を挫いて 一瞬バランスを失う。
あっと思ったときには 体は落下しかけていて 仕方なく着地の態勢に姿勢を整えようとした。
その瞬間――――。

肩の後ろと膝の裏を軸に抱きかかえられ 宙に浮く。

「う・・・わ!」
何!?

ざぁっと 葉のこすれあう音がして 驚いて目を閉じた。

しばらくすると 動きが止まったので そっと伏せていた瞳を開くと 目の前に心配そうにサクラを窺う落ち着きのある瞳と黒髪を風に揺らすサスケの顔があった。

「・・・」
驚きのあまり声が出ない。・・・本気で全力で逃げていたのに いとも簡単にサスケに捕まってしまった。

「なんだよ?」
じっと見つめ続けるサクラの視線に 意図が汲み取れなかったのであろう サスケが先に言葉を発した。

思わず溜息が零れてしまう。こうもあっさりと見つけ出されてしまう自分の非力さにウンザリする。
忍として 力の差は歴然なのは分かっていたが・・・。こうもたやすく。
でもその反面 追いかけてくれたサスケに喜びを感じてしまう浅はかな自分。

サクラはそんな自分自身にどんどん嫌悪を感じて表情が曇る。
浮かない表情をしてるサクラの様子に サスケは益々眉を潜めた。

「どこか痛むのか?」
「・・・ううん」
「どうして泣いた?」
「・・・」

沈黙を続けるサクラに嫌気が差したのだろう。

「・・・めんどくせぇ」

サスケが吐き捨てるように呟いた。

 

 

追いかけて欲しかったわけじゃない。ただ逃げたかっただけだ、と。
言えたならどんなに楽だろう。


言えない事が多くて 言いたい事が言えなくて こんなにも苦しい。
サスケを想うからこそ 強く想うからこそ 水や霧を掴むような気持ちに苛まれる。


好きです、と言っても その気持ちの何パーセントが伝わるだろう。
1パーセントも伝わらないと容易に想像できる 今のサスケとサクラ。
誤解を解くことも出来ないまま また誤解を招く。
そうしてどんどん分かり合えなくなる。

目に見えた未来。心はけして重ならない未来。

それでも。誤解に誤解を重ねても サスケと話していたい過ごしていたい。
今 分かる自分の気持ちは それだけしかなかった。

めんどくせぇ・・・。同じセリフを胸の中で思わず呟く。

でも逆にそれが私らしさ、だ。

山積する 迷いや悩みの霧の中。それが一瞬だけ晴れた気がした。

誤解が誤解を招いても 私はサスケくんの前では素直でありたい。それが自分にできる 精一杯のサスケへの愛情表現だ。
一歩一歩目の前の微かな光りをすくいとるような。

めんどくせぇと言いながらも サクラを放っておかないサスケの態度に たとえ「仲間」としてのそれだとしても 愛情を感じた。

それに気がついて嬉しくなる。

・・・大丈夫。ちゃんと私は春野サクラらしい。

 

「・・・やきそば 食べようかな・・・」
ポツリと呟いて 目じりの涙をゴシゴシと擦った。

サスケがまだ不思議そうにサクラの顔を見る。

にっこりと微笑んで「サスケくん助けてくれてありがとう」と伝えれば
「あぁ・・・」とサスケはそっけなく返事をして 興味なさそうに目線を前に向け サクラを抱き上げたまま当たり前のようにそのまま宙を飛ぶ。

「え・・・?ちょ・・・っとサスケくん?」
「なんだよ?」
「降ろして!大丈夫。裸足でも飛べるよ」
「さっき 足滑らせたのは どこのどいつだ」ったく・・・と呟くサスケに申し訳ない気持ちが込上げてくる。

「・・・だって・・・重いし・・・!」
「・・・少し黙ってろ」


そういうとサスケは 木々の間を滑るように駆け抜けた。
慌ててサスケの肩に腕を回す。

耳元にサスケの呼吸を感じて 全身が熱くなる。
「・・・」
サスケが何かを呟いた。
「え?何?」
「お前、軽すぎる」
なんと答えていいのか 返答に困る。

サスケの言葉には 明らかにサクラを心配する気持ちが含まれていた。
それが嬉しくて期待しそうになってしまう。
なぜ サスケの言葉をこんなに素直に受けとれないのだろう。
傷つくのがこわいのかな・・・。今更?・・・まさか。

そう。まさか―――と思っているのだ。

まさかサスケが自分の事を

「サクラ」
徐に名前を呼ばれ
驚いて「はい!」と返した。

前を見据えながらにやりとサスケが笑う。
「もう 逃げるなよ」
「・・・え?」
「一人で泣くな。泣くなら オレの前で泣けよ」
「・・・」
「泣いて逃げ出しても またとっ捕まえるけどな」
「・・・サスケくん」

冗談とも本気とも取れるその言葉の意味を サクラは図りかね困惑する。
期待と不安。
希望と絶望。
相変わらず 両極端な答えしか浮かばなかったが それでも跳ねる胸を誤魔化すことはできなかった。

どこまで・・・。
どこまでサスケは知っているのだろうか。

この歪んだ恋心を。

 

 

END

 

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