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皐月

 

 

緑の匂いが濃くなるそんな5月の夜―――。

虫の鳴き声がささやかに聞こえる夜道を サスケと歩く。


サスケとナルトとサクラ。
以前は 任務以外に3人で連れそう事はかなかったが 今はなぜか3人でプライベートを過ごす事が多くなった。
例え ナルトがいなかったとしても サクラが。
サクラがいなかったとしてもナルトが。
自然とサスケの傍に行くようになったのは 彼との時間を取り戻そうとしているためだろうか?

木の葉に戻ってきたサスケは 当初 まるで重罪人のように暗く冷たい眼差しをしていた。
確かに 今のサスケだって咎を背負いこれから一生をかけて償っていかなくてはならない。
しかし 彼はもう一人ではない。

それを言葉ではなく 魂で伝えたいと思った。
きっとそれはナルトも同じだろう。

今日も今日とて 大した用もないのにうちは家に来て グダグダとテレビを見ていたが 不意に夜の散歩に出かけたくなって サクラが提案したのだ。
「アイスでも買いに行こうよ」と。

面倒くさい・・・。最初はそうごちていたサスケも 夜の空気に触れると まんざらでもなさそうに見えた。

棒つきのアイスを買って 食べながら帰路につく。
かっちりと冷えて固いラムネ味のシャーベットは特にサクラのお気に入りだった。

「アイスが美味しい季節になってきたね」
そう微笑んでサスケに瞳を向ければ サスケは不貞腐れたような表情で ビターチョコレートに包まれたバニラをかじっていた。

いっつも不機嫌そう。思わずクスリと笑いがこみ上げる。
それは13歳の頃から変わらない。

でも なんとなくサスケの気持ちが伝わるようになった。
サクラの提案に 面倒くさそうな立ち振る舞いで答えるけれど 消して拒みはしない。

それはサスケの優しさであり 本来持っていたサスケの穏やかな性格だとサクラは認識していた。

それでいい。
これでいいのだ、と自分に言い聞かせる。

サスケに対する自分の気持ちなど 取るに足らないもの。
一生こうして「仲間」としてサスケと共に歩いて行けるなら それで充分じゃないかと 自分の中に答えを出してしまっていた。
それは もはや諦めに近い決断だった。

普通の忍がどんな一生を終えるか イメージしたことはなかったがサスケは明らかに「普通以上」の忍の経験をしてしまったのは知っている。

底のない闇の中を まるで全速力で潜って確かめるような。
自分の体が深く傷つき その命さえ奪おうとも厭わないような。

想像の範疇をとっくに越えていた サスケの忍道。

その壮絶な人生の傷跡を 木の葉で癒せたら。
そう思うと 幼稚で稚拙な恋心など サスケに向けられるわけがなかった。


いつか サスケが愛する人を見つけ 結ばれたとしても 私は祝福してあげられる。


そんな寛大な自分に酔いしれていた、とも言える。
無理やり終止符を打った恋心は 叶うかどうかのチャンスすら与えられず サクラの胸の内で殺されたのだ。
そのフラストレーションが 間違った自惚れに走るのも仕方がない。

そこまで自分の気持ちが理解し認識されていたとしても サスケに対する気持ちをサクラは殺すしかなかった。

サスケの重荷になることは もう沢山だと思ったからだ。
仲間とはそういうものだと。

ふいにサスケが立ち止まる。
それに続いてサクラも立ち止まった。

ジージーとなく 虫の声。
柔らかく生温かい風。

「ちょっといいか?」
「なに?」
サスケが 重たい口を開いた。

「お前の考えてることが 全く分からない」

「? どういう」
「そのまんまの意味だ」

そう言い切るとサスケは唇を真一文字に閉じ 深く黒い闇をサクラに向ける。

「はっきりさせてくれ。お前は俺のことをどう思っている?」
「どうって・・・・仲間だと思ってるよ?」
・・・ふん

サスケは自嘲気味にサクラの言葉を投げ捨てる。
「仲間・・・か。・・・綺麗ごと言うんだな・・・」
「・・・綺麗ごと?」
「俺はお前を本気で殺そうとしたじゃねぇか。そんな男を仲間だと言えんのか?」

サクラは サスケの真っ黒な瞳をじっと見つめているようで どこか遠くを見つめているような気持ちになる。
これが現実逃避なのかな・・・と 頭の片隅でボンヤリ思う。
彼は一体何を・・・。

「俺を救ってやりたいとか思ってるなら やめてくれ。そんな同情はまっぴらだ」
吐き捨てるように言われ 徐々に不安になる。

「・・・サスケくん?」

「俺は サクラの本心が聞きたい」
「本心って・・・・」
「お前は何かを偽っている」

サクラはグラリと体が揺れるのを感じた。

「な・・・・」
何も偽ってなんか・・・。そう言いたいのに 言い切れない。


「善人ぶって仲間ぶって 正直ウザイ」
「・・・・え・・・・」

サスケの言葉が ナイフのようにサクラの心を突き刺す。

そんなつもりは全くなかった。

目の前のサクラをサスケに全否定されてしまうと どうしていいのか分からなくなる。
サクラは小さく首を降った。

変わらない。

サスケはやはり サクラを追い詰める。それもギリギリに逃げられないくらい。
一筋縄ではいかない相手だ、と思い知った。

「真実を見抜きたい」というサスケの眼差し。
それに誤魔化しは一切通用しない。

ナルトのように 力と力をぶつけ合い 喧嘩できるほうがどれほどたやすいだろう。
男の子がひどく羨ましいと感じた。

いや 例え自分が男であったとしても サスケの相手にすらしてもらえない事も容易に想像できた。

ならば・・・とサクラは思う。

サスケはジャッジメントだ。
一人で勝手に殺してしまった胸の内を 彼に曝け出して とどめをさしてもらおうか・・・・。

それは大した事ではない・・・・。しかし、そこまで思ってなぜか泣きたくなった。

秘めて見ないようにしていた気持ちに サクラの意識がまるで日が差すように当てられて その切なさ その無垢さ 純粋さに改めて気がついたのだ。

サスケが好きだ、と。その透きとおった好意。

それも 昨日今日の話ではない。
何年も何年も忘れられないサスケへの想い。
サクラの成長。人格形成。理想概念。全ての背景にサスケへの儚い想いはずっと一緒だった。

それにとどめに刺される事は サクラ自身を否定し拒否することにつながる。

答えを聞いて また今日のように普通に彼と一緒に居られるだろうか?


・・・居れないと思った。

でも これ以上サスケを誤魔化せない事も分かっていた。

仲間なら。サスケを大切に思うのなら その誠意を見せろ、と試されているのだ。

俯いて涙を流すサクラを ただサスケは見つめる。言葉もなく黒く光る瞳を向けている。
本当に強い人だ・・・・。羨ましいよ。サスケくん・・・・。


気持ちはギロチン台に向う死刑囚のようだった。
片思いをしている「仲間」から決別し ただ「仲間」になるために 私はここを乗り越えていかなくちゃいけないのだ、と。

自分自身で押さえようと思い込んでいた恋心は 誤魔化す事で悲鳴をあげ心を歪ませ軋ませる。

それがなんとなくサスケにも伝わってしまったのだろう。

それでもサクラが普通で居られたのは サスケがその想いを知らない、と 気がついていないと思っていたからだ。
自己完結がいかに楽か。
そして告白する事がどれほど恐ろしいことか。

自分の想いを寄せる人からの拒絶は死ぬほど怖いものだと思い知る。


サスケの拒絶を知ってもなお サスケを想ってしまうだろう。
ここまで その想いと共に生きてきた。そう簡単に消せるものではない。
もはや サクラにかかっている呪いのような恋なのだ。

 

・・・もう考えるのはやめよう・・・。考えたって答えはサスケが決める事。
意を決し 伏せていた光りに透かした新芽のような瞳を 真っ直ぐにサスケに向ける。

ピクリとサスケの指が震えた気がした。


「私・・・・今でも サスケくんの事が」

 


答えは。

 

 

「今でも変わらず 好き・・・・・だよ。だから傍にいた」

 

 

漆黒の闇の中。

 


「・・・・」

 


この沈黙。

ざわりと萌える緑の濃く湿った匂い。じーじーと鳴く虫の声。


呆れているのだと思った。しつこいヤツだと。


「あはは・・・こんなこと言われて 驚いちゃったよね?ごめんサスケくん 私相変わらず私ウザイでしょ?」

耐えられず笑って誤魔化して サスケの言いたい事を代弁する。

「・・・今日はもう帰る」

居た堪れなくて切なくて怖くて涙が滲む。サスケの前を急いで通り過ぎようとした瞬間 

強い力で腕を取られ引き寄せられる。冷えた二の腕にサスケの掌の温度を温かく感じた。

「・・・わ」

驚いて持っていたアイスを落っことしてしまった。
あぁ・・・落ちちゃった。もったいない・・・それに気をとられ サスケの動きから意識を逸らしてしまった。


チョコレートの香りを感じた瞬間 ぬるくて冷たいものが唇にあてがわれる。


一瞬 何が重ねられたのか分からない。


サスケの唇だと理解した瞬間 口腔内に何かが進入してきて頭が真っ白になった。

自分の口の中をいいようにかき回され 吸われる。
奇妙な感触としかいいようがないが 不思議と嫌悪感はなく 緊張で背筋は強張り早鐘のように打つ心の臓とはうらはらに トロリと脳髄は痺れてきた。
体の力がどんどん抜けて 重くなる。

なにこれ・・・まるで催眠術のようだ。
それとも サスケくんに瞳術をかけられているのかな・・・。

力が抜けるサクラの変化に気がついて サスケの腕が背に回った。


これは サスケからの「肯定」のサインなのだ、と理解した瞬間 サクラの瞼からまた熱いものがこみ上げてくる。


涙を堪えることが息苦しくて 酸素を欲して 思わず唇を離す。
それと同時に 気恥ずかしくて俯いてしまった。

ざわざわと木々を揺らす風の音。
今離れたばかりの濡れた唇が冷えていく。

こういう時 なんと言ったらいいのか分からなくて困り果て、サクラはそっとサスケの顔に瞳を向けた。
サスケの表情は 街灯を背にしていた為 影となりはっきりと見えなかった。


「今日は帰るなよ・・・」

サスケの甘いような冷たいような 抑揚のない声が耳朶に響いて サクラは一瞬どう捉えていいのか分からなくて逡巡する。
迷う眼差しを見て「ちゃんと」伝わってないと 気がついたサスケは ・・・このウスラトンカチ・・・と小さく呟くと
「今日は帰さない」と言いなおして サクラを腕に抱いた。

 

 

 

END

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