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砂隠れの掠れた伽羅色の世界に、まるで馴染まぬ花の色。

サクラによって二つの墓石に供えられた生花は、偽物のように空々しく見えた。

木の葉の墓前では花を手向けることが主流だが、それは自己満足の押し付けのように感じ、居たたまれなくなる。
それでもサクラはチヨバアの、そしてその孫であるサソリの墓前に毎年花を手向けに訪れていた。


砂隠れと木の葉の関係は、ナルトと風影になった我愛羅の友情がきっかけとなり、より太く強いものとなった。
加えてサクラとチヨバアのサソリ戦での戦いは、その結束をさらに強めるほど有名な話となっていた。

砂の長寿の御意見番と木の葉の名も知らぬ小娘という、この妙な組み合わせの共闘というだけで、数多くの人の興味をひいたのだろう。

今では砂隠れで、サクラはちょっとした有名人だ。

サクラを認めてくれた、数少ない大切な人。
チヨバアは自分の人生とサクラを重ねあわせ、生きる道標を伝えてくれた。

「残す人」を思う、その真摯な気持ちは齢(よわい)遥かに離れた老女であってもひしひしと伝わってきた。
チヨバアと戦った、あの日の戦闘をサクラは一生忘れないだろう。


里を「想う」本当の意味を、ナルトが伝え、それをチヨバアは受諾したのだ。


目覚めた我愛羅にチヨバアが残したもの。チヨバアに捧げられた多くの祈り。感謝。命の重さ。
チヨバアとサソリの墓を隣同士に建てられたのも、我愛羅の計らいだった。

抜け忍で暁に加担をし、砂隠れの闇となったサソリを、我愛羅は「それでも彼は砂隠れの忍だ」と民に話した。
「砂」に生まれた者は、どんな道を進んでも「砂」である、と。
砂隠れの命に全ての責任を持つ、と言い切った。

若く、そしてどこか脆い。我愛羅のそんなアンバランスな印象はすっかり消え去っていた。

連ねる言葉の数はけして多くはないが、その一言一言に皆が向き合い、理解してくれる。そんな素晴らしい風影になった。

伽羅色の砂に、赤茶色で染められた我愛羅の忍装束はとても馴染んで美しかった。
サクラは自分の桃色の髪を少しだけ恥ずかしく思った。きっと、墓石に捧げた花のように馴染んでいないだろう。

 


我愛羅も砂隠れの里も、謙虚に。そして逞しく生きていた。

 

 


「毎年毎年、足を運んでくれて申し訳ない」
チヨバアとサソリの墓参りが終わると、我愛羅は決まってそういった。
いいえ、と小さく首を振って微笑むと、我愛羅も少しだけ表情を緩ませた。

サクラが砂隠れに訪れたのは墓参りだけが目的ではなく、砂隠れでも栽培できそうな薬草の苗を持ち運ぶ為でもあった。
我愛羅の能力――(砂を自由に操る)により、砂地の中に、滋養豊富な木の葉の土を持ち込むことができたのがきっかけだ。

「今日は、マツヨイグサとニチニチソウを持ってきました。風影様が薬草用のドームを増やしてくださったお陰で、薬草も育ちやすくなってるんですよ」
手慣れた手つきで苗を袋から取り出すと、サクラは目を細めて笑って見せた。

「そうか…早急に薬草を渡してやりたいが、少し休憩しないか?砂隠れについてからまだ水すら口にしてないだろう?」
「あ、言われてみれば…そうでしたね」

今度は我愛羅が目を細めた。
付き人を呼び、お茶の支度をさせる。
客人を饗す無駄のない動きと、我愛羅の自然な配慮にホッと体の力が抜けた。

 

静かな時間が流れる。
砂が音を吸収するため、砂隠れは静けさに満ちている。たまに耳に入るのは囁かな風の音ぐらいだ。

木の葉の里特有の豊かな森がうむ、葉のこすれあう音も賑やかな鳥の歌声もしない。

そんな静けさは我愛羅と似ていて、サクラを少し緊張させるのだった。

いつもと違うサクラを察してか、我愛羅が口を開いた。
「ナルトは元気なのか?」
「とても元気ですよ」
「…そうか」
ナルトの話をする時、我愛羅はとても優しい表情をする。

「あいつ、忍術のポテンシャルはやたら高いくせに、なかなかそれを活かせなくて大変なんです。もともと勉強が苦手で物事を理論づけて考えられないから筆記がてんでダメで」
「アイツらしいな」
「風影様は頭もいいから羨ましいです。これじゃあ火影候補すら危うくて」
参っちゃう、と唇を尖らせると、我愛羅がふっと息を漏らして微笑んだ。

風影様、笑うんだ…。
思わず胸が跳ねる。

香りの良いお茶を飲み込み、温かく蒸された菓子をサクラがほおばると、我愛羅が少しだけサクラの周りに目を配った。
「…お前の付き人はいないのか?」
「あ、ハイ。今日は一人で来ました」
「…一人で?」

あまり表情筋を動かさない我愛羅が萌黄の瞳を瞠(みは)ったので、サクラは慌てた。


「砂と木の葉の距離でしたら、随分安全になったから」
「…安全。何を根拠にそんな事を言ってるのかまるで分からないが、忍とはいえお前は女だ。次回砂隠れに来るときは必ず迎えをよこす事にするし、帰りも砂の者を護衛につけよう」

我愛羅の言葉を聞いて、サクラは思わず頬が熱くなるのを感じた。

「…ハイ…すみません。あ、でも帰りは大丈夫です…。一応迎えが来てくれることになってるんです」
「ならいいが…」
「はい…すみません」

理由のない申し訳なさが胸に広がる。

滅多に味わったことのない「女」を突然痛感させられたせいだ。
忍に性別の差などないと学んで来た。実際、今のサクラを女扱いする忍などナルトくらいのものだ。しかもジョークなのか本気なのか分からない軽口で。

サクラは自分がこういう扱いを受けることが本当に不慣れだ、と唇を噛み締めた。


「顔が赤いな」
「はい、うっかり照れてしまいました」
「…そのような事を言ったつもりではなかったんだが」
「くノ一は女である前に忍です。そこを我愛羅くんは分かってない…から」

少しの沈黙が、まるで永遠のように感じられる。

「悪かった…。砂隠れにとってお前は大切な客人であることは変わりない」
そんな!と顔を上げた時、少しだけ我愛羅の頬が赤いように感じた。

「名を呼ばれたのは久しぶりだ」
部屋を出る一拍に、我愛羅はそれだけを言い残して部屋を出た。
我愛羅の赤面の意味をはかりかね、放心の後時計を見ると午後13時。

 

我愛羅の午後の公務が始まっていた。

 

 

薬草の苗も無事渡し終わり、時刻はすっかり夕刻を指していた。

サクラは用意された客室の部屋のテラスからぼんやりと外を眺めていた。


砂隠れで見る夕日は、木の葉で見る夕日よりも赤く大きく、沈むまでたっぷりの時間を要して 最後は空に溶けこむように消えていった。
この調子だと、砂隠れを出るのは夜になるだろう。
高い位置の空の青さが深みを増していた。

それとも、迎えを待たずここを発とうか?
しかし、それは賢明ではないとすぐに判断できた。

サクラがこうして砂隠れに「墓参り」という名目で訪問することを、我愛羅はどう思っているのだろうか。
我愛羅は風影という忙しい立場であるのにも関わらず必ずと言っていいほど、墓参りに付き添ってくれる。


チヨバアの命は確実にサクラの命とつながっている。そして、それは我愛羅にもつながっているのだ。

サクラと我愛羅はチヨバアがいなければ、この世にはもう存在していない。
命の恩人だ。

ナルトほど強固なつながりがあるわけではないが、我愛羅とはまるで点と点を結ぶように交わる運命の線があり、サクラはそれを不思議に思う。

中忍試験では彼に砂の呪縛を受け、締めあげられ殺されかけた。
しかし、テマリと少しずつ交流を深め親しみ合い
カンクロウの体の毒を抜き、命を救った。

サソリと戦い、勝利を収めたがチヨバアの命は自分と我愛羅に分け与えられた。
それを不思議な縁だと思う。命という見えないエネルギーだけで考えてみれば、我愛羅とは兄妹のような関係にも捉えられる。

こればかりは、ナルトにも介入できないサクラと我愛羅だけのデリケートな部分だと思うとなんだか不思議だった。
左胸に手のひらを置けば、当たり前に感じる鼓動。父と母以外から与えられた命。それは一度失いかけた。

そして、チヨバアと我愛羅とサクラ。同じ生命。
生きた花を毎年手向ける理由は、サクラの精一杯の感謝と、安らかな眠りへの癒やしのつもりだった。

 

我愛羅に恋愛感情があるわけではない。
でも、サクラに名を呼ばれて頬を染めた我愛羅の表情が忘れられない。自分は異性の意外性に弱いのかもしれない。

 


そこまで考えた時、夜を告げる冷えた風が強く吹きすさび、砂と共に舞い上がった。

「痛ッ」

細かな砂の粒子がサクラの瞳に突き刺さるように入った。
驚いて思わず目をこすると、自体はますますひどくなる。痛みと不快感に思わず呻いた。

――早く目を洗わないと…!
そう思い、室内に入ったものの どこに水があるのかが分からない。
少しでも目を開けようとすると、鋭い痛みが走る。


確かテーブルの上にグラスと水差しがあったはずだ。
そう思い出し、探るように手を伸ばすと テラスと室内に通じる僅かな段差につま先を取られた。

 


***

 

 

サクラの居る部屋から盛大に何かをひっくり返す音が聞こえて、我愛羅は思わず立ち上がった。

夕餉の準備が間もなく整う所であったが、昼間の一件が気になり、何と声をかけていいのか考えあぐねていた最中の出来事だった。
部屋のドアを勢い良く開けると、水を被りずぶ濡れになったサクラが倒れたテーブルの側で踞っていた。

「どうした…!」
駆け寄って体を起こすと、サクラが「目が、目に砂が…入っちゃって」と弱々しい声で呟いた。

「こすってはダメだ。眼球を傷つけるぞ」
「洗いたいんです…」
「ここの砂は粒子が細かい為に水で洗うとさらに瞳を傷つけてしまう…。オレが砂を取るから少し目を開けろ」
「…痛ッ…痛くて…無理」
「大丈夫だ」

涙を流しながら弱々しく我愛羅の腕の中にいるサクラを見て、昼間と同じサクラだとは思えなくて不思議な感覚に陥った。
見えない不安と痛みからか、サクラは我愛羅の装束を無意識に握っていた。


…これがナルトの言う…


赤く充血したサクラの目が薄く開き、その隙間から砂を取り出してやる。
「風影様!目薬を!」

付き人の一人が気を利かせて、我愛羅に目薬を差し出した。

「もう平気だ。点眼するから上を向け」
「は…はい…」
そう言って、我愛羅は後悔した。

無防備に細く、白い首が自分に向かって傾けられ
目を閉じて伺うそれは まるで接吻を待つそれと酷似していた。


突如、サクラの「女」を充てられ、その魅力にうなじの毛がざわりと蠢いた。
思わず息を飲み込む。

 

「…風影様?」
サクラの声にハッと我に返ると、充血した瞳に点眼薬を落とした。
あまりサクラのことを見ることができなくて、胸がざわつく。

「風邪をひきます。こちらでお召し替えと手当てをなさいましょう」
使用人が気を利かせて、サクラを部屋の奥へ手を引いて誘導した。

 

「風影様、木の葉のお付の者が到着されました」

あまりの慌ただしさに、次は何だと振り返れば、そこには憮然とした表情のうちはサスケが立っていた。

「…うちは…サスケ」
「…」

え、サスケくん?とサクラの声が部屋の奥から聞こえ、使用人に手をひかれながらそろそろと進んできた。
ずぶ濡れになった服を取り替え、目には包帯が巻かれていた。
そんなサクラをサスケは一瞥すると、我愛羅を真っ直ぐに見つめた。

「何があった」
「大したことではない。砂が目に入っただけだ」
「ふぅん…」

相変わらず無愛想で刺のある態度に変わりはないが、我愛羅は密かに感動していた。
こいつが…?春野サクラを迎えにきたというのか…?

五影会談で遭遇したサスケは、過去の我愛羅とよく似た冷たい眼差しをしていた。

ところが、目の前のサスケは別人かと思わせるほど落ち着いて穏やかに見えた。
我愛羅の声すら届かなかったサスケの深い闇を、これほどまで癒やしたのは一体何なのか。

 

サスケは我愛羅の前を早足で通り過ぎ、サクラの前にたつとサクラの頭をコツっと軽く小突いた。

「いた!」
「忍んで砂に来て、なんてザマだ」
「…ご、ごめんなさい!」

その言葉に我愛羅は驚く。
「…砂隠れに来る許可を取ってなかったのか?」
「…すみません…」

「余暇も貰えないくらい多忙なんだろ」
人事のようにサスケが吐き捨てた。

「悪いがゆっくりしてる暇はない。サクラ、とっとと帰るぞ」
「しかし、そんな目では無理だ。せめて夜明けを待ってからに」
我愛羅が言い終わるのを待たずに、サスケはサクラの背と膝の裏に腕を回すと、ひょいと横抱きした。
サクラがひゃあ、と驚いた声をあげ、慌ててサスケの首根にしがみつく。


「オレがこうして運べば問題ないだろ」

「…サスケ」
サスケはフンッと息を吐くと、意地の悪い笑顔を見せてこういった。
「風影でも、欲情するんだな」

「!!なっ…」

そう言い残すとあっという間にサスケは窓から出て行ってしまった。
開け放たれた窓の外には、煌々と満月が輝いていた。穏やかな風が透き通ったカーテンを揺らす。

まるで先ほどの喧騒が夢のように感じた。
夕餉の支度をしていた者、サクラの手当をした者、我愛羅の側近の忍も皆、あんぐりと口を開けて静止していた。

本当にサクラは今日、此処に滞在していたのだろうか?人さらいのようにやってきてサクラを連れて行ったサスケは幻か?

何も慌ただしいのはナルトだけじゃない。「木の葉」とはそういう忍なのかもしれない、と思った瞬間
我愛羅は可笑しくて仕方がなくなってきた。


「フ…ッ」
「…風影様?」
「はははは!」
「!?」

「今日はとても妙な1日だったと思ってな」
我愛羅がそう言うと、他の側近たちも共感のあまりどっと声をあげて笑い出した。

 


少なからず、分ったことがある。
サクラと、そしてサスケはきっと恋仲なのだろうと。

同じ生命を持つ同士を、どうか幸せにして欲しいと我愛羅は願った。

 

 

沙羅双樹

 

END

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